暮らしの中での思い事をつづります


by carmdays
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親で決まる子供の質

わたしは、これまでに、とても対照的な子供を2人、見たことがある。


つくづく、親の質、親の教養、親のレベル、家庭環境で、子供の人格というか大切な根幹が

定められてしまう有様を見た思いがしたものだ。


良い例と悪い例の両極端なその事例をご紹介したい。


まず、良い例から。


病院ボランティアをしていた時、Y君という3歳の男のこと一緒に遊んであげることになった。


Y君のベッドの周りには、親の愛情をたっぷりと感じさせる図工グッズが沢山置かれていた。


Y君、今日は何しようっか?


すると、Y君は、こう言ったのだ。


僕はこれから家を作ろうと思うのね。 この紙とストローを使って作ろうと思うの。

僕と一緒に作ってくれるかな?


びっくりした!!!!


わずか3歳の男の子が、37歳のわたしに、こういったのだ。


「僕と一緒に作ってくれるかな?」


なんたる高等技!!


大の大人でさえ、人にお願いをするときに、こうしてくれるかな? なーんていえる人、

少ないっていうのに!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


これは、まさしく、親がY君に日頃、そう言っている証です。


これこそ、親の教養の高さを物語っています。


人間のレベルが高い証です。


育ちの良い子、と世間では言う、まさにそれです。


37歳のおばちゃん、Y君のご提案を断る訳がありません。


めっちゃがんばって、折り紙とストローで螺旋階段まで作ってあげちゃいましたYO(笑)


Y君の病気がよくなりますようにと、神様に祈ってしまいます。


さて。 ところで。 悪い事例の子供を紹介しましょう。


ある日、うちの前を通りかかった女の子に、突然話しかけられました。


フレンドリーと親切さと優しさでできているわたしは、もちろん子供にも優しい。


一緒に立ち話してあげました。


すると、また来る。


また、来る。


またも、来る。


毎日、うちに来るようになった。


お菓子をコンビニで買ってもらうのも当たり前。


遊んでもらうのも当たり前。


それが悪いわけじゃないが、親代わりのようなことを求めてくるようになった。


もう帰りなさい。 遅いから。


そう言っても帰らない。


親はいないの?と尋ねると、家にいるという。


よくよく聞けば、団地の子で、親は日ごろスーパーで働いているらしいが、夕方に入るという。


どうして帰らないの?と聞くと、つまらない、暇だからと答えた。


最初は、可哀想だなと思った。


だからこそ、しばらくの期間、その子につきあったのだ。


だが、その子にある日、ずるさを見た。


コンビニに買い物に行くときに、ついてきて、例のごとく、勝手にお菓子の棚をいろいろと漁っている。


あれやこれや選ぶから、2つに選んでねと伝えると、えーーーーーーーーーという。


わたしは、これ食べたことないんだよなーとか、

これ、おいしそうだよなーとか、

延々と希望の品を手に取って、ひたすらわたしの反応をうかがう。


上目目線で・・・・・(苦笑)


なんたることか!


この子供、わずか5歳で、大人に媚びることを知っていて、

わずか5歳で、相手に自分の希望に添わせるように仕向ける言葉を言うことができているのだ。


なんたるしたたかさ!


Y君との違いをそこに見たものだった。


大人になると、ずるい女、ずるい男をたくさん見る機会があった。


欲しい男、または欲しい女を巡って、したたかにライバルを蹴落としていく男や女も見た。


自分の立場をよくするために、相手をはめる卑怯なやつもいた。


ウソを言って、自分の希望に添わせる行動をとらせる女なら、何人見てきたことだろう。


こういう卑怯な人間は、いったいどうやったらできあがるんだ?


長年疑問だったが、この悪い事例の5歳の女の子を見て、ははぁ。 この時からそうなのかと、

合点がいった。


この女の子の親が、この子に愛情を注いでいない。

ほったらかしなのだ。


だから、自分の欲求叶えられるなら、大人を都合よく使うことを覚え始めてしまう。


そんな小さいころの、そんな本当ならいじらしい行為が、大人になると正当化され、

わたしは弱いからとか逃げ口上を平気で言える女になってしまうし、

あいつ気に入らねぇから追い出そうぜと平気で言える男になってしまうのだ。


ずるい人間の諸悪の根源は、とりもなおさず、親が悪い。


親の質が悪いのだ。


そして、当の本人も悪い。


卑怯を正当化することが当たり前というのが、こんな幼子の時からそうなのだから。


そこで、びし!!!っと、大人が喝をいれてやらなければならないが、

可哀想だからということで、しない大人が多いのだろう。


だから、わたしははっきりとその5歳の女の子に伝えた。


一人の人間として向き合い伝えた。


わたしには仕事があって、いつも一緒に遊んであげられるわけではない。

わたしはあなたの親じゃないから、あなたが欲しいものをわたしが買ってあげることもできない。


最初は、えーーーーと言っていたが、

用がないなら、もう来てはいけません。


そうはっきりと伝えた。


もちろん、わかっている。


ずるい子供、ずるい大人の根っこにあるのは、自分を見てほしいという自己承認の欲求だ。


でも、自分の存在を認めてあげるのは、とりもなおさず、自分自身。


他人にその根拠を求めている限り、幸せになれることはない。


ずるさ、卑怯さばかりを身にまとい生きていく人間が、幸せになれるわけがないのだ。


Y君と、この5歳の少女の違いを思う。


人間、どうやら、生まれついた時から、違いがあるようだ。
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by carmdays | 2012-10-23 09:03 | 日記