暮らしの中での思い事をつづります


by carmdays
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心の旅路~ポジティヴ思考の力

 二〇〇五年の夏、わたしは苦しくてたまらなくて、どうしようもなく過ごしていた。人生で初めて就職難を経験し、未来が見えないことに苦悶していた。気温が三十度を超え、外はじりじりと暑い。照りつける太陽。日差しが目にまぶしい。冷房の効いた部屋。ただ無為の時間だけが流れていた。時折、大声で叫び出したくなった。外に向かって、天に向かって、あー!と、大声を出し、この苦しみを外に向かって叫び出したかった。

 ある日、父が「川沿いの土手に一緒に行かないか?」と誘ってくれたことがある。そこは父が毎日体操をしに通っている場所だった。「土手?どうしようかな・・。」正直、興味はこれっぽっちもなかった。わたしが足を向けたい場所は、オフィスが立ち並ぶ都心。そんなところに行ったって、なんになるんだろうと思った。でも、暗い部屋に閉じこもるだけの時間は嫌だった。お金がないからどこにも出かけられず、ただひたすら時が過ぎるのをじっと自室で過ごすしかない今が、虚無に覆われ退廃していくだけの自分になってしまうようで、なお嫌だった。だから、どうしようもなく、他に選択肢もなく、父について川沿いの土手へと行くしかなかった。どうせなにもないんだろう。ただ田舎じみた景色が広がっているだけだ。そう一方的に決めつけていた。

 川沿いの土手に向かう途中、突如開けた空間に出た。あたり一面野の草が生い茂り、広大な駐車場になっていた。空が広かった。抜けるように澄み切った青空を見上げながら、大きく一息つくと「つらくてどうしようもないんだ」と父に話し始めた。すると、普段から寡黙な父は、一瞬の間をあけて「あの本、読んでるのか?」と聞き返してきた。

父が決まって合言葉のように言う「あの本」とは、アメリカの自己啓発の大家、ノーマン・ヴィンセント・ピールの『The power of positive thinking(ポジティヴ思考の力)』だ。またそれかと思い、素っ気なく「読んでるけど役に立たない」と返した。事実、当時はそれが本音だった。

 父がその本をわたしに手渡したのは、その年の始めのことだ。凍てつく寒さで空気が氷のように冷たい日で、暖房の効いた部屋の中でわたしはただこれからを考えていた。その時、父に「いいよ」と渡された本だった。今思えば、父はわたしにどんな言葉をかけていいのか考えあぐねていたのだろう。誰も救ってやれないわたしの苦境に、寡黙な父がなお無口になったのもそのためだ。だが、そんな中で、ノーマン・ヴィンセント・ピールの本は、父が言わんとしていることが書かれている本だったのだろう。

 父はその後、私宛てのメールにも本に書かれているメッセージを書いて送ってよこした。「一番良いことを期待する、すべて良くなる、心配する癖を止める、自分はやれる、自分を信じる、今日はいい日になる。そうやって心が憂鬱な時はいつでも繰り返して言い、実践してみると意外にもまず気持ちが落ち着くよ」と。またこう書き添えてもいた。「こういう状態になってほしいと祈る、理想の状態が出来上がった絵を思い描いてみる、できると信じて行動する」と。
 すべてがないも同然だったわたしには、父の言う良いメッセージの意味がわからなかった。どんなにがんばっても状況は変わらなければ、夢も希望もすぐに現実にかき消され、自信どころか自尊心まで消え失せ、この状況で何も心配しないでいられる方が、よほど現実をねじ曲げているとしか思えなかったからだ。もし、本に書いてあるように、祈ることで現実が変わり、想像することで気持ちが奮い立ち、前向きになることで目標が叶うなら、いくらでもそうしただろう。でも現実は甘くない。夢見る夢子ちゃんで生きていけるほど優しくもない。まるで現実感の乏しいメッセージに思えたのだ。

今振り返れば、当時のわたしは冷静さをかき、パニックに陥っていた。無職の状態が長期化し、仕事が決まらない。未来を思い描く前に、目の前の現実が大事で、どうしたらいいのか。居ても立っても居られないほど急き立てられた気持ちや、焦燥感で覆いつくされていた。だから、父の気遣いに感謝したり、周囲の景色を見渡す余裕もなければ、自分さえ見えていなかった。そんな状態の私にノーマン・ヴィンセント・ピールの素晴らしいメッセージが届くはずはなく、ましてや父の贈ってくれた言葉の意味が理解できるはずもなかったわけである。

そうやって、じりじりと追い詰められていく中で、無尽蔵に湧き上がる不安と格闘しているうちに、気づけば川沿いの土手に到着していた。父は慣れたもので、いつものお決まりといった具合にベンチに腰掛ける。川沿いの土手には広々とした自然の景色が広がっていた。遮るもののない高く広い大空。どこまでも続く川。芝生の広場には木立が見えた。「田舎じみているはずの景色」は、思いがけず美しく、心に一瞬爽やかな風が吹き抜けたような気がした。

こんな場所が家の近くにあったのかと、初めて訪れる土手の予想外の景色の広がりに解放感を感じ、本来ならその新鮮な感動で喜びが満ちるところだったが、心の内に吹き荒れる焦燥感がそれを打ち消した。

父が黙々と体操を始めた。わたしはしばらく景色と父の体操する様子を眺めていたが、何だかすることがなくなり、しばらくして家に帰ると父に言い残し、家路についた。道すがら心の内を占めていたのは、とめどもなく湧き上がってくる不安と現実への焦燥感だけ。家路につく途中に通る寺の参道に並ぶ商店の品々さえ目に入らなかった。それは土手の景色も同様で、どんなに美しく素晴らしい景色が眼前に広がっていても、心に闇が巣食っていれば何も瞳に映らないのだ。だが自然とは不思議なもので、無意識のレベルで心には訴えかけていたのだろう。翌日、いつものように自室で無為に過ごしていることに耐えられず、外に飛び出し向かった先が、川沿いの土手だった。あの圧倒的に解放された空間に身を置いて、苦しみを解き放ち、心をきれいさっぱり空っぽにしたかった。その翌日もまた迷わず土手に向かった。またその翌日も。結局、毎日通いつめた。

最初は確かに手持ち無沙汰だった。誰と話すわけでもなく、ただ自然を眺めるだけだ。時折、小鳥のさえずりに耳を澄まし、滔々と流れる川を目で追った。土手沿いのサイクリングロードに目をやれば、ジョギングする人や犬を散歩させる人の姿が見える。そんな光景をただ眺めていると、焦燥感で覆われた意識が一瞬薄れて、雲間に差し込む太陽の日差しを浴びたように安らぎを感じられた。その一時の安堵で、わたしは、追い詰められて我を見失っている自分の姿をまざまざと見た思いがした。いったいどれだけ抱えきれない不安の中で生きてきたのだろう。父がここにわたしを連れ出そうとした理由が、なんとなくわかる気がした。自分を取り戻すには、自然の景色が必要だったのだ。そうこうするうちに月日は流れ、季節は巡り、とうとう翌年の十二月になっていた。

ある日、夜のとばりがおりた都心の光り輝く街の中を、教会へ向かって歩いていた。そこの牧師さんに会いに行くためだった。追い詰められたて本当にどうしようもない時、時々その牧師さんに会いに行っていた。

その日はどうしようもない訳ではなかったが、久しぶりに都心の景色が見たかったのと、牧師さんに近況を報告するために向かっていた。空を見上げれば高層ビル。漆黒の夜空を背にビルの窓の一つひとつに明かりが灯り、それは今働いている人がそこにいることを意味していた。わたしはただそうかと心の内で合点し、教会へ足早に向かった。

牧師さんは執務室に居た。ノックしてひょっこり扉から顔を出したわたしを見て、「おぉ元気でやってるか?」と笑顔で声かけてくれた。「さ、入って入って。今、コーヒー入れるから」。

そういうと、大きな体を揺らして牧師さんが椅子から立ち上がった。わたしは「相変わらずですよ。まだ仕事が決まりません」と答えた。でも、わたしの中でも不思議とふっきれた感があった。その理由はクリスマスに迎えようとしている時期で、どこか気持ちに高揚感があったからか。年末で、今年一年の長い戦いはとりあえず休戦だという気持ちだったからか。いつもならどんよりと暗い顔をして牧師さんと対面するのだが、その日は久しぶりに笑顔になっていた。ひとしきり話し終わり、最後のコーヒーをすすると「また来ます」と牧師さんに伝えた。「寒いから気をつけて帰りなさいよ」牧師さんはそう言うと、握手してくれ、「あなたのしんがりを務めるのは神だから」と励ましてくれた。

外に出ると、澄み切った夜空に教会の屋根の十字架が光輝いていた。都心のオフィスビルのきらめき、そして瞬く星は美しかった。すると、ぷるるるると携帯電話が突然鳴った。慌ててポケットをまさぐり電話に出ると、応募した企業の人事部からだった。「履歴書を拝見しました。ぜひ一度面接に来ていただけませんか?」。

わたしは突然の出来事に信じられない思いで十字架を見上げ、一瞬返答につまった。驚きすぎてしまったのだ。「ありがとうございます。ぜひ伺います」。冷静なふりを装い電話を切り、再度十字架を見上げると、信じられない気持ちが次から次へと湧いて出た。なにせ、たった今、牧師さんに「また来年就職活動、頑張ります」と言ってきたばかりだ。それに、その企業は国際的に有名なだけに、応募する際なんの期待もしていなかった。まさか、面接に呼ばれるなんて。これは、神様の奇跡ではないだろうか。クリスマスの奇跡ではないだろうか。すぐ教会に引き返して、牧師さんにご報告すべきだろうか。いや、まだ早い。きちんと決まってからがいい。その興奮と喜びとに包まれて、わたしは白く光る十字架と星空を見上げた。その瞬間、ノーマン・ヴィンセント・ピールの言葉が浮かんだ。「一番良いことを期待する、すべて良くなる、心配する癖を止める、自分はやれる、自分を信じる、今日はいい日になる」。

どこまで通用するのか、どこまで行けるのか、やれるだけやってみよう。そして年があけて二〇〇七年、わたしは無事にその企業から内定をもらった。なんと長い戦いだったのだろう。二〇〇五年に職を失ってから、丸二年が過ぎていた。

ノーマン・ヴィンセント・ピールは、一番良いことを期待し、心配する癖をやめることと言っていたが、自分が置かれている状況がどう客観的に見てもひどく悪い時、その最中で最良を期待することはできないものだ。いま当時を振り返り考えても、その考えに変わりはない。なぜなら、いったん悪くなってしまったものは、元には戻らないからだ。それは、覆水盆に返らずということわざの通りだと思っている。だが、悪くなってしまった状況が時の流れと共に変容し、行きつく所まで行ってみると、その過程で新しく訪れる展開が始まっていく。その新しい展開をじっと待ち堪えることができるのなら、実は、希望が見出せない無の中からも、新しい最良をのぞむことができるのだとわたしは知った。

その時初めて、人は自分を信じて進んでいこうと思えるのかもしれない。今日という日を良い日にしたいと自分を固める言葉を胸に前に進んでいけるのかもしれない。言い換えれば、悪くなっていく一方の状況に固執し、しがみつくほど苦しいということだった。

父からノーマン・ヴィンセント・ピールの本を受け取った当初、この作者はずいぶんのんきで楽観的な人だと思っていた。現実を知れば、悠長にいい事を期待しようなんて言えないはずだと思ったからだ。彼の言葉は絵空事にさえ思えていた。だが、今はむしろ、彼ほど現実主義者はいないのではないかという気がしている。なぜなら、どんなに周りが自分を見捨てるような状況にあっても、自分だけは、人生の可能性をけっしてあきらめるなと、そう言ってくれているからだ。

「一番良いことを期待する、すべて良くなる、心配する癖を止める、自分はやれる、自分を信じる、今日はいい日になる」。

心の内に、自ら見出し宿った信念と希望はけっしてあなたを裏切らない。今、苦しい時代を迎えている人すべてに、この言葉を贈りたい。


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by carmdays | 2015-05-27 08:00