暮らしの中での思い事をつづります


by carmdays
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心の旅路~石の上にも三年

昔の人は、入社する時、ここがついの住処と心に決め、会社を勤め上げたという。そして、何事も石の上にも三年と頑張ったそうだ。いま、その言葉の重みを感じている。

 現代の若者に限らず、わたしもまた一社で勤め上げるという事はなかった。わたしは最初の会社に不満があった訳ではない。ただ、さらに上の会社で働いてみたかった。一体何をするのか。どんな所なのか。その世界を見てみたいという好奇心だった。ただそれだけの理由で退職し、転職した。以来、関わった企業は複数社あり、そして今に至っている。

 若い時は、生きるという事と無縁で、むしろ、これもやりたい、あれもやりたいと、好奇心の赴くままに進んだ。よく言えば行動力があり、悪く言えば思慮が足りないという事だ。結果、不景気になった時に、就職難で苦労した。

 就職難にあえいでいた時、これまた複数社の企業で派遣社員として働いた。正社員の仕事に応募するかたわら、暮らしのために派遣社員になった。

派遣社員は、三ヶ月ごとの契約であったり、一ヶ月ごとの契約であったりした。例えば、一ヶ月ごとの契約の場合、働き始めて二週間で、次の一ヶ月の契約を更新するかどうか確認があった。

つまり、毎月半ばには、次の月に仕事を失う事が決まってしまう場合がある事も意味していた。あまりの短さ、目まぐるしさに息が絶えだえになった。同時に、そんなジェットコースターのような日々だったものだから、一年が終わる頃には力尽き、一年という時の長さ、重みをひしひしと実感として分かるようになっていた。

 ある企業に派遣社員として就業した時だ。定年退職を迎えた正社員の男性がいた。皆の前で花束が渡され、拍手がわき上がり、そしてその男性は最後のスピーチをしていた。その企業の社員ではないわたしは、その光景を遠巻きに眺めやりながら、なんてすごい事なんだと一人唸っていた。なぜなら、わたしは派遣契約の一ヶ月でさえ四苦八苦しているというのに、いま目の前に居る定年退職を迎えたその人は、二十二歳から働き始め、六十歳まで一つの企業で勤め上げたのだ。この時の重みには、とうてい太刀打ちできない何かがあった。

 そうやって長らく派遣社員として過ごさざるを得ない時の流れの中で、派遣社員は三年以上同じ企業で働けない事を知った。法律は、その三年を超えたら企業に正社員として雇わせる事を狙って期限を区切っていたが、企業は正社員として雇わなくてよいように三年になる前に契約打ち切りをする。派遣社員の悲哀を見た思いがした。

若い時、正社員か派遣社員かという違いの重大さを何もわかっていなかったわたしは、その時初めて、心の奥底から正社員になりたいと願った。かつて当たり前であった正社員という立場を、好奇心だけで放棄し他社へ転職した時代の若かりし頃の自分が、あまりに愚者に思えもした。

 一体どうしたらいいのか。苦悶は続き、派遣社員で働かざるを得ない境遇をひどく嘆きもした。例えば、正社員の仕事に応募し内定が取れればよいのだが、世の中は大不況で、年齢制限もあり、その立場を手にする事は至難の業だった。応募しても、応募しても、無数に度重ねる不採用通知の連絡。そうこうしている内に生活費は底をつき、だからまた、生活費を稼ぐために派遣社員へと身を投じる。どう見てもアリジゴクで負の連鎖だった。わたしには、定年退職まで勤め上げるという事が、夢の夢であり、果てしなく遠い他人の人生においては可能な出来事であったのだ。

 そんな時代をかれこれ七年過ごしただろうか。神様にいい加減可哀想だからと思われたのか知らないが、ここはと思える職場に内定をもらった。それまで長い派遣社員時代を過ごし、日々流転する暮らしの中で一点に辿りつきたいと渇望してきたわたしは、ようやくその地に辿りつく事ができた。

その時だ。石の上にも三年という言葉が脳裏に浮かんだ。これまで三年を超えて働いた事のある職場は一度もなかった。ここをついの住処とするなら、その年数は三年では収まりきらない。五年、十年、二十年と働いていく事になる。その時の重みに当初は圧倒され、果たしてわたしにそれができるだろうかと不安にもなった。

だが、時が過ぎ、季節が巡り、日々が過ぎていく中で、少しずつその言葉の意味を理解できるようになっていた。

 若い時、石の上にも三年という言葉にネガティヴなイメージを抱いていた。それは、我慢という言葉に象徴されるように、自分を押し殺すというものだった。それは、自分らしく生きる事を願ったかつてのわたしには、到底受け入れがたいものだった。だが、いま思えば、その言葉の意味する事ほど、自分が自由にはばたけるものはないとわかる。

 例えば、確かに仕事を覚えるという事においては、我慢もいる場面だってあるだろう。だが、それを一つひとつこなし、昇華し、自分のものとした暁には、自分で仕事を回す事のできる余裕と自由を手にする事ができる。それまでの学びの時間、三年だ。

 だが、一番重要な事は、そうやって時を積み重ねる事で、自分の居場所ができるという事だ。同じチーム、同じ部署、他の部署、部外の人。上司、先輩、同僚、後輩。三年という時を過ごす中で、これらの人の中に自分という人間が浸透し、存在が認知され、認められ、居場所ができていく。その安心と安定は、何物にも代えがたい。それは暮らしを作り、人生を作る上での基盤になるからだ。石の上にも三年には、そういう隠れた重要な意義がある事に、この歳になって初めて気づいた訳である。

 時折、転職したい、他の企業を見てみたいとか、ここは退屈、こんな仕事、などという発言をする若い人に出会う事がある。わたしは、そんな彼らの言葉を否定する事はしていない。本当にやりたいなら後悔する前にやってみる事だと言っている。ただし、その理由が、目新しさや華やかさを求めてだけの事ならば、その後の人生で後悔することになるから、しない事だと付け加えている。とりわけ、よい人間環境で働けているなら、尚更と言える。

 いま手にしているもののありがたみを忘れて未来はない。石の上にも三年には、そんな隠された意味が含まれていた。


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by carmdays | 2015-05-27 08:08