暮らしの中での思い事をつづります


by carmdays
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心の旅路~外は寒くても、人生を楽しみたい

昔、ユニクロのCMに、ハリウッド女優のシャーリーズ・セロンが登場したことがある。そのCMは、とても寒いある一日の満ち足りた思いに溢れた一シーンを切り取ったものだった。

シャーリーズ・セロンが温かい部屋からおもむろに外を眺めると、冬の海が眼前に広がっている。風が強く吹き付け、波が荒々しく打ち寄せている。彼女はユニクロのダウンジャケットを着こみ、愛犬二匹を連れて浜辺に繰り出した。波打ち際を歩けば、カモメが空を舞う。犬たちは嬉しそうに彼女の足元を歩き回っている。空気が本当に冷たく、すっかり、本当に冬。でも、温かい。冷たい風を頬に受けながら彼女は思う。「外は寒くても、人生を楽しみたい」。

そう言った瞬間の彼女の表情はとても至福に包まれており、忘れられないCMとなった。そして、彼女が言い残した「外は寒くても、人生を楽しみたい」という言葉は、人生を肯定していた。冬の寒さに縮こまり、人生の行き詰まりにも委縮して生きているわたしと対照的な姿だった。

 二〇一〇年秋、わたしはその年に度目の派遣社員の仕事を終えたばかりだった。また、一年で三度目の就職活動。そう思うと気が萎えて、ため息ばかりついていた。季節は秋から冬へと向かい、赤く色づいたハナミヅキの葉はほとんどが枯れ落ち、気温が日を追うごとに下がっていく。目に映る景色も寒々としていた。少しでも明るい話はないかと未来を占いサイトで占えば、「あなたは今、冬の時代にいます」と書かれる有り様で、まさに冬の時代の真っ只中。天に見放されているとしか言いようがなかった。そんな落ち込みがひどい時に、このCMを見たのだ。

 わたしは何度もシャーリーズ・セロンが言い残した言葉を反芻した。何度も、彼女の満ち足りた表情を回想した。そして、目の前のパソコンの机の上を、台所や居間の様子をぐるりと見渡した。誰もいない部屋は静寂に包まれ、目の前に広がる光景がわたしの「今」だった。

電気ポットの湯が湧く音だけが聞こえ、エアコンからは温かい風が吹いてくる。猫たちは、危険なんてこの世ないと言わんばかりに、思い思いの場所で万歳して寝ていた。幸せな子たちだなと、思わず微笑んだ。

「外は寒くても、人生を楽しみたい」。その言葉を何度もまた反芻して、辺りの光景を何度も見つめると、そこにはわたしの暮らしがあった。すっかり忘れ去っていた暮らしというものをはっと思い出した。

「そうだ。まずこの瞬間からリセットしよう」。

ここ数年来、忘れていた満ち足りた時というものを感じてみたくなった。そこで、セリーヌ・ディオンのクリスマスCDを取りだし、神聖な気持ちになれる歌をかけた。アベ・マリアを聞きながら心を静め、ガラスのティーポットに茶葉を入れ、湯を注いだ。次第に茶葉から琥珀色が煮出されてくる様子をじっと見つめながら、時折、台所に差し込む日差しにも目を向けた。閉じた窓越しに差し込む日差しはキラキラと光のプリズムを放ち、台所のシンクを眩しく照らし出していた。その輝きに、思わず目を細めた。

太陽の光をきちんと見たのは、一体いつ以来だろう。思い出せないほど月日が過ぎ去っていた。煮出された紅茶をマグカップに注ぎ、牛乳を注いでから一口含むと、息が自然と吐きだされ、その日初めて、気持ちが和らぐのを感じた。その温もりに包まれ、くすぐったい幸福感を久しぶりに感じ、また自然と笑みがこぼれた。

 一息ついて、改めて自分を取り巻く状況を見つめると、厳しいものだった。占いではないが、確かに厳冬期にいるようだ。いつ仕事が決まり、給料を手にできるのか分からないのだから、大丈夫などと安易な気休めが通用するものではなかった。だが、たとえ今は恵まれなくとも、ささやかに作っている小さい暮らしを心から大事にし、日々を過ごすという事はできるはずだった。たった一杯のミルクティーに見出す安らぎのように、窓ガラス越しに差し込む光の輝きに神聖な一時を見出すように、わたしの幸せの在り処は今ある暮らしの中に隠されているはずだった。

シャーリーズ・セロンの言葉が、わたしの心の中に深く入り込んだ訳は、つまりは「貧しくとも、心豊かに暮らしていきたい」という願いに他ならかった。

 以来、わたしは辛い時ほど暮らしを大事にするようになった。朝目覚め、顔を洗い、歯を磨き、服を着替える。決まってミルクティーを飲み、午前中は就職活動を始めた。午後になれば少し外を散歩し、空や木々を見上げ、家に戻れば読書にいそしんだ。そんな一つひとつを丁寧に行う作業の中に、規則正しく行われていく生活の在りかを見出し、自分というものを固め、確かな日々の暮らしの基盤の所在と自分だけのささやかな幸福を見出せるようになっていった。

その後も相も変わらず貧しかったが、太陽の光に、木々の葉の色づく美しさに、自然と目が留まるようになっていったのは、わたしというものを、暮らしを、人生のあり様を、丁寧に行う所作の一つひとつを通して取り戻していったからだろう。

 わたしは今でも、冬になると、決まってシャーリーズ・セロンの言葉を思い出す。寒い日の朝に見上げる空に。赤や黄色に色づいた木々の葉の中に。マフラーと手袋を身につけ自転車をこぎ出す時に。そして、毎日身体を温めてくれるミルクティーの温もりの中に。そんな一瞬のたまゆらの時の中に、満ち足りた思いを見出している。

そう、「外は寒くても、人生を楽しみたい」と。


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by carmdays | 2015-05-27 08:09