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暮らしの中での思い事をつづります


by carmdays
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心の旅路~小さい工場

叔父が経営する小さい工場には、叔父とその息子、六十代と思しきおじさん1人、若者二人が働いている。いわゆる家族経営の零細企業だ。

 朝七時、六十代のおじさんが自転車で早くも出勤してくる。わたしが仕事から帰宅する夜の六時は、まだ皆忙しく働いている。そして、夜七時を過ぎると若者二人が家路に着き、夜八時を過ぎると六十代のおじさんがトラックの荷台を一通り確認して帰っていく。だが、夜の十時を過ぎても、従兄弟の赤い自転車だけは工場前に止められていて、一人工場内で何か作業をしている。それが毎日の光景だ。

 叔父の工場は、いろいろな鉄鋼材を扱い加工する仕事を請け負っており、朝から晩まで、寒い日も暑い日も、雨の日も雪の日も、工場で加工した鉄鋼材をトラックに詰め込む作業を行っている。

 学生の頃、その様子を見ていて、なんて大変な仕事だろうと思った事がある。手は汚れるし、重い鉄鋼材を運ぶのだから、重労働だ。大変だと思ったのだ。だが、叔父の小さい工場で働く人達は、入れ替わりはすれど、定年するまでずっと皆働き続けていた。

わたしが社会に出て働き始め、その後解雇されて無職になるという経験をした後は、叔父の工場で働く人たちの姿を見るたびに、なんてあったかい光景だろうと思うようになっていた。むろん、工場で働く従兄弟や従業員の人達は、寒い、暑い、疲れただのといった感慨があるのだろうけれど、叔父を含めてもたった五人だけの小さい工場で、皆で協力し合って毎日途切れる事なく鉄鋼材を加工し、発注元に届けに行く。それはなんだか、イソップ物語のアリとキリギリスのアリのようでもあり、小さい工場で五人の暮らしが作られている様が、とってもあったかい光景に思えたのだ。

ある日の事だ。家の前の外の通りに出ていると、工場で働くおじさんが自転車でやって来た。すれ違いざまに「おはよう」と声をかけられ、「おはようございます」と返事をすると、ふんわりといい香りがした。洗剤の香りだ。一見すると、おじさんの着ている洋服はいつもと変わらない。鉄鋼の油汚れが洗濯をしても落ちずに衣服に沈着している。でも、おじさんはいつだってきちんと身なりを整え、油汚れの色こそ落ちないが、衣服だって清潔に保っている。そんなささいな発見に、わたしはたまらなく幸せな気持ちになった。

また別のある日の事だ。大雪が降り、辺り一面雪景色に変わった。家の前の通路も、道路も、駐車場も、家の屋根も、木々も。雪が全てを覆い尽くしていた。雪が止みそうな気配はない。むしろどんどん激しさを増してくる。一体どれくらい積もるのだろう?そう思って外の景色を眺めていると、従兄弟が傘をさし歩いて工場までやって来た。すると、従兄弟は工場から大きな雪かき用のスコップを持ち出してきて雪かきを始めたのだ。

「雪かきするの?」

「ああ。トラック出せなくなるからな」

 確かに、駐車場の前の道路には雪がこんもりと積もっていた。それにしても、従兄弟が工場から駐車場まで一人雪かきするには、あまりに距離が長い。雪の量だって半端なものではないだろう。黙々と作業を始めた従兄弟を見ていると、私も一緒にやりたくなって来た。

 「こりゃ大変だね!」

 「ああ、大変だよ」

 従兄弟は、従兄弟を真似て雪かきを始めたわたしを見てそう言い、また黙々と雪かきを始めた。雪はずしりと重かった。これを何往復も道路の排水溝までスコップで運ぶのか。従兄弟とわたし。互いに黙々と雪かきをした。二人の共同作業は思いのほか順調に進み、降りしきる雪なんてなんのその。ものの三〇分で工場前と自宅前、駐車場前を一気に雪かきできてしまった。髪の毛もダウンジャケットも雪まみれになったが、何往復もスコップで雪を運んだおかげで、身体は逆にぽかぽかと温まっていた。そして、心はもっとあったかかった。

 叔父と従兄弟の小さい工場を守る作業に加わった。ただ雪かきをしただけの事だったが、それがちょっぴり誇らしかった。

 毎晩、わたしが仕事を終えて家に戻ると、叔父の小さい工場に明かりが灯っている。外では、おじさんと若者らがトラックの荷台で作業をしていて、従兄弟の赤い自転車が止まっている。わたしが目にする毎日の光景。わたしの大事にしたい日常。叔父の小さい工場には、そんな温かい小さな人の営みが宿っている。


by carmdays | 2015-05-27 08:11