暮らしの中での思い事をつづります


by carmdays
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心の旅路~サイゼリアと三越

家の近くの図書館に寄った帰り道、サイゼリアというチェーン店のレストランを見つけ足を止めた。時刻はまだ四時だったが、少し早い夕飯を食べて帰ろうと思い店内に足を踏み入れた。席に通されメニューを眺めていると、おいしそうなハヤシライスに目が留まり、いくらだろうと思って値段を見ると四百円代。その安さに驚いてしまった。その瞬間、昔、サイザリアに入った時のことが蘇った。

 二〇一一年四月。その頃のわたしは仕事が決まらず無職だった。その状態を何年続けたかと振り返れば、三十歳になってからほぼ七年間は無職だったから、三十代のほとんどは職に就いていなかった。仕事がないのだから収入がなく、お金がないのは当然の事だった。

ある日、地元の友人と待ち合わせてサイザリアに入ったが、二六〇円のドリンクバーを頼むのがやっとで、すかすかのお財布からは到底食事をするお金を捻出することができなかった。安いと言われるサイゼリアの食事さえとることができないのだから、当時の貧しさがいかほどか、しみじみと実感する思いだった。

 その後、わたしの貧しさは輪をかけて逼迫する。二〇一一年六月には、とうとう財布に五十七円しかない時もあった。そんなある日のこと、ずっと家に閉じこもっている状況から脱出したくなり、なけなしのお金をはたいて銀座まで出かけた。銀座で何をするでもないが、世間から隔絶された場所でひっそりと生き延びているわたしの反対側の世界に居て、仕事があり好きなものが自分の意志で買える人たちの世界をのぞいてみたくなったのである。

 銀座三越の二階に上がると、靴売り場のフロアでは、女性たちがパンプスやローヒールを試し履きしていた。目に飛び込んできたのは有名な靴ブランドのTOD’Sで、いろいろな色の靴が花びらのように陳列されていた。素敵だった。靴を手に取り、値段を見ると四万五千円で、到底手が出る品ではなかった。そうだよな。今のわたしが買える訳がない。そう思って振り返ると、二人の若い女性がいろいろな靴を広げては試し履きしていた。この人たちは靴が買えるんだな。そう思うと、彼女たちと自分とは、居る世界がまったく違うことに気づかされ、またもや落ち込んでしまった。

 外に出ると、きれいな夕空が広がっていた。どこに行こうかと考えても当てはない。仕方ないから、銀座三越の裏手にある王子製紙ホール前の大理石の花壇に腰かけた。そして今さっきの事をぼーっと思い返していると、紙袋を抱えた人が目の前を通り過ぎていく。わたしの財布には五百円ぽっち。銀座三越を見上げると、その落差にまたがっかりした。

 仕事を失う以前は、銀座三越で買い物をすることもできた。だが今は仕事がなく、この先もう永遠に銀座三越で買い物するなんて叶わないのかもしれない。またいつか、そんなことができる日がやってくるのだろうか。だがそれは、まったく現実感の伴わない願い事だった。いつしか、そんな風に銀座三越で買い物できることが、普通の人の暮らしレベルに戻れた証として、わたしの中で一つの指標になっていった。

 そんな長い無職時代に終止符を打ったのは、二〇一一年七月のことだ。かろうじて書類選考には通ったものの、ここがダメだったらもう他に行く先がどこにもないという所まで追い詰められた状況の中で、無事に内定を頂くことができた。この天から降ってわいたような幸運に、ただただ感謝を捧げたが、あまりに今までが不幸だったものだから、この降ってわいた幸運を実感したくても、到底できなかったのである。手のひらでしかと握り、その幸福を実感したくとも、それはあまりにたまゆらで、確かに掴んで実感できるものではなかった。あまりに不幸時代が長すぎたようだ。自分の下に訪れた幸運でさえ、それがどういうものなのかわからずにいたのである。

 働き始めて、最初の給料は六万円だった。丸々一ヶ月働いた訳ではなく、日割り計算であったためだが、六万円で暮らしていくことはできなかった。人生再起の最初の月は、そうやって逼迫した財政状態からリスタートした。この時が、一番人生の中で貧しかったと思う。携帯電話代や定期代といった諸経費を差し引けば手元に残るお金はわずか。季節は七月で暑い盛りだったが、飲み物を買う贅沢はできず、水道の水でしのいだ。

 そうやって二回目の給料日がやって来たとき、久方ぶりに人並みの給料を手にすることができた。あの時の喜びの深さは、七年ほぼ無職だったことを体験したことのない人には、わからないだろう。これでまともな暮らしができると思うと、ありがたすぎて涙が出そうだった。その日は、大好物のアイスミルクティーをたくさん飲んだ。

 そうやって季節は移り変わり十二月になると、今度は九年ぶりのボーナスを手にすることができた。人から見たら少ない額だったが、わたしにはもらえるだけでありがたかった。そして就職が決まった時から、最初のボーナスを何に使うか、決めていたことがあった。

ボーナスが出たその日、仕事が終わると銀座三越へ向かった。そのまま二階の靴売り場へと向かい、TOD’Sの前で足を止めた。そして、そこで靴を一足買い求めたのだった。

 TOD’Sというブランドの靴は、普通のそれと比べてはるかに値段が高い。でもその年の六月、銀座三越に来た時に、この靴を買える時が来たら、わたしの人生の再スタートの証、普通の人の暮らしに戻れる証と決めていたから、迷わずそこを訪ねていた。あまりに嬉しくて、買った靴を何度も履いて出かけたが、せっかく記念に買ったのに靴を傷めるのはしのびなく、今は大事に靴箱にしまってある。実は、その時まで、わたしはどこかで安心できなかった。苦労の末に手にした仕事であっても、それは束の間の幸運で、また霧のごとく消え去り、仕事を失うのではないか。そんな不安がどこまでもつきまとっていたからだ。だが、銀座三越で久方ぶりに買い物ができた時、やっと初めて、就職が決まった喜びを確かなものとして実感することができた。

図書館の帰り道に寄ったサイゼリアでハヤシライスを食べながら、そんな過去を思い出した。あれから6年が過ぎようとしている。長い戦いの二年間だった。

 その後、わたしがTOD’Sで靴を買うことはなかったが、今でも大事にしているその靴は、わたしが人生の復活に向けて歩みだした記念として、これからも大事に靴箱に入れて残していきたいと思っている。サイゼリアと三越は、そんな人生で最も貧しかった時代のランドマークとなっていた。


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by carmdays | 2015-05-27 08:12