暮らしの中での思い事をつづります


by carmdays
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心の旅路~大恩人

わたしを支え、助けてくれた恩人は何人もいるが、その中でもとりわけ大恩人がいる。その人との出会いはとある年の、爽やかな六月のことだった。

 当時のわたしは、上司との折り合いの悪さゆえに、深刻な悩みを抱えていた。どんなに仕事を頑張っても認めてもらえないだけでなく、日々怒鳴られる。その当時の頑張りようはいかほどかと言えば、人生史上、トップ一か二に入るほどだった。

怒鳴る、嫌味を言う、無視する、睨む。上司にそんな行為をされるほどに心は傷つき、暗惨たる思いが募る。ただただ辛かった。「辛酸をなめる」「苦杯を飲む」とはこういうことを言うのか。いつまでこんな毎日が続くのか、と苦悩していた。

そして、ある日突然こう言われた。「この新しい仕事ができなかったら、クビにするから」

まだ仕事を教わってもいない内に、開口一番そう言われた。それまでも「デブはアメリカならクビだから」と言われもしたが、その時の「クビ」は、本当にそうするつもりのある「クビ」だった。つまり、俗に言うパワハラだった。

 わたしは解雇にならないように、必死でその新しい仕事のやり方や内容を覚えた。心の内は、湧きあがる不安と緊張の連続。ずっと脈拍は早く、解雇が何度も頭をよぎっては眠れぬ夜が続いた。

 例えば、まだわたしがもっと若ければ、解雇という二文字にこれほど怯えなかったかもしれない。例えば、まだ世の中が好景気だったら、ここまで解雇という二文字に恐れを抱かなかっただろう。だが、当時すでに三十七歳になっていて、この大不況の中、また新たに就職活動を始めて、新たに仕事を見つけられる可能性は、万が一にもほとんどないという事がわかっていただけに、ぐっと堪えて耐え忍ぶしかなかった。

 当時、時折こう思ったものだ。このまま行ったらうつ病になってしまうのではないか。だが、うつ病になり仕事を失ったら、なおのこと暮らしていけなくなるので、なんとかうつ病にならないように、自分をだましだまし毎日出勤していた。

 だが、そんな苦悩と忍耐の末の努力にも関わらず、とうとう、たった一本の電話で解雇を告げられた。無理な期限を設定された内容の仕事を、なんとか期限内に終わらせたものの、ミスがあったからというのが理由で、もう君はいらないと言われた。どれだけ苦しみ悩んだか、どれだけ誠意を尽くしたか、どれだけ努力を払ってきたことか。そんなことなど関係ないという態度だった。

その時の脱力感。徒労感と疲労と絶望で、頭の中は真っ暗に覆われた。今でもはっきりと覚えている。全てが水の泡と化し、未来が閉ざされ、人生が終わってしまった。そう思えた瞬間だった。人生に対する諦めと、これから一体どうすればいいんだという諦めとが交錯し、じたばたあがく元気もなかった。翌日からただ静かに過ごす日々が続いた。だが、そんな日々を一ヶ月過ごす中で、突如、一本の電話が入った。

「あなたに今すぐ会いたいと言っている人がいます。来れますか?」

 わたしの胸は高鳴った。なぜなら仕事につながる電話だったからだ。

 わたしに会いたいと言ってくれた人は、新しい仕事のために東京に来た人だった。そして、自分の下で働いてくれる人を求めていた。その人は、もし新しいスタッフが決まっているなら是非とも今会いたいと言ってくれたのだそうだ。

その時点で、わたしがスタッフとして採用されるかは決まっていなかったが、その人が「今会いたい」と言ってくれたことにより、たまたま、わたしがフリーの状態にあり、そしてその瞬間、だから、わたしは公にそこの人間として生きていけることが決まった。

 人生とは、なんてあっけないものなのだろう。

解雇が電話一本なら、新しい仕事が決まるのも鶴の一声だった。

そうやって声掛けしてくれた人こそが、今の上司だ。

人生は、出会う人によって大きく変わってしまうという。幸福になるのか、不幸に彩られてしまうのかは、出会う人間や関わる人間で変わってしまうという。本当にその通りだった。今の上司は、的確に指示を出してくれるだけでなく、必要な情報をとても丁寧に教えてくれる。そして、決まってこう言ってくれるのだ。「いつも助けてくれてありがとう」、「あなたが居て本当に助かっています」と。

そんな時、つい以前の上司を思い出し、比較してしまうのだ。

以前の上司の下では「君は雑用係だから」、「やって当たり前だから」と、どんなに最大限の誠意と努力を尽くしても、粗雑品扱いのような事しか言ってもらえなかった。

なんたる違いだろう。

わたしを粗雑物に扱う人がいる一方で、大事にしてくれる人がいる。捨てる神あれば、拾う神ありとは、まさにこのことを言うのか。

もしあの時、今の上司が「今すぐ会いたい」と言ってくれなかったら、職を確保することはできなかっただろう。それはとりもなおさず、今の暮らしを手にすることも、暮らしを作ることもできなかった。今の上司は、わたしに日々の糧を与えてくれた。そして「ありがとう」と温かい言葉もかけてくれる。暮らしを守ってくれたのも今の上司なら、傷ついた心と尊厳を癒し取戻してくれたのも今の上司だった。人生最大の危機を救ってくれた上司への深い感謝の気持ちは、言葉では言い尽くすことも、言い表すこともできない。

あの六月の一本の電話が、わたしの人生を変えた。上司の「今すぐ会いたい」という一言が確かにわたしの人生を変えた。上司に対して、永遠に返すことのできない恩を胸の内に沢山抱えながら、今日もお蔭さまで生きている。


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by carmdays | 2015-05-27 08:13