暮らしの中での思い事をつづります


by carmdays
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心の旅路~天の流れ

 二〇〇九年五月のある日、わたしは朝から一日中ふさぎ込んでいた。というより、もがいていた。就職活動で何社受けても受からない。どんなに応募しても書類で落ちてしまい、派遣でさえ応募できる仕事がないと言われていた。もう、どうしようもなかったのである。リーマンショックの影響で世の中が不景気とはいえ、これほどひどいとはと思い、何度もうなだれるしかなかった。

苦しくて気持ちが落ち着かず、その日も家の近所のファミリーレストランに出向いた。いつもの定席に座り、つらつらと今までを思い返しては落ち込み、未来を思えば苦しく、もがくうちに夕刻を迎えていた。

そんな風に過ごしていると、もう一体何時間、堂々巡りの考え事をしていたのか。窓の外を見やれば、夜のとばりがおりていた。考え過ぎで胃さえ痛い。ひどい体力の消耗と精神的な疲弊を感じ、その頃には諦めの境地に達していた。

最後の一杯のお茶を飲み干し、会計を済ませて外に出た。ため息が大きく一つ口からついて出た。こわばった身体を天に向かって伸ばせば、そこには満天の星空が広がっていた。

「綺麗・・・」

初夏の風が優しく吹き抜けていく中、見上げる夜空は澄み切っており、星の一つひとつが瞬いていた。

その時だ。星と星。その星さえ覆ってしまう大空の広がりに、ふと天の流れがある、と感じた。悠久の時を超え、遥かなる時空から流れてくる、雄大な天の流れだ。

「あぁ、そうか。だから、逆らえないんだ・・・」

滔々とわたしを押し流していく天の流れ。逆らっても逆らっても、その流れと逆の方向へ懸命に泳いでいこうとしても、わたしを押し流す天の流れ。そこには、逆らえない、偉大なる天の流れがあった。

例えば、その流れに逆らえば逆らう程、苦しくなる。必死に泳ぎはしても、無駄に体力を使い、自分を苦しめるだけ。ならば、その流れの中で、ただ押し流されながら、その流れの中でわずかながらに進む方向を微調整し、舵を取っていくしかない。きっと、それが自然の摂理にかなっている。天の流れに沿っているのだ。

そう悟った夜だった。

例えば、その流れによって流され、辿り着く場所が一体どこか分からない。何かに辿り着くまでに、一体どれだけの時間を要するのかもわからない。だが、いたずらに一点に固執し苦しみもがくより、その天の流れに乗って、行くところまで行き着いてみるのが、一番理に叶っていた。

その日、瞬く星々さえ包み込んでしまう大空に、雄大な時の流れ、天の流れを感じ取ったことで、わたしの毎日は生き易くなった。いたずらにもがき、自分を苛むようなこともなくなった。もちろん、仕事に応募して落ちればがっかりしたが、それも天のご采配と思えば、また次に流れていけばいいと、そう思えるようになったのである。

ただ一点に立ち止まり、逆風にじかに当たり続けることで壁を乗り越えることができる場合もあるだろう。だがそうではない、逆らっても逆らえない天の流れや意志というものが確かにある。それを、人は世の流れ、時代の流れ、と言うかもしれない。だが、それよりも、もっと人智を超えた天の意志というものが、わたしにはあるように思えたのだ。

二〇〇九年九月、初秋を迎える頃、わたしは派遣社員の仕事が決まり、流れの中でかろうじて一点につかまることができた。当時はまだ、天の流れはわたしを押し流していくつもりらしかったが、一時にせよ、つかまることができた止まり木で一息ついていた。

そうやって、その後も幾度か押し流されたが、たどり着いた今のフィールドで早五年目を迎えている。ここがわたしのついの住処としたい、そう願いながら今日も夜空を見上げ、天の流れを見つめている。


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by carmdays | 2015-05-27 08:01