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暮らしの中での思い事をつづります


by carmdays

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気づきと反省

ブッダの言葉って、本を読んでて、また気づき、ひとり、反省して居た。


無目的にいてはいけないっていうくだりで。


後、怒りを抑えなさいって言うくだりで。


あぁ~あ。


まだまだ、いたらなさぎて・・。


でもね、思う訳です。


怒りは発散しないと、うつ病になっちゃうよ。


溜めこんでたら、どんどん心が病んでく。 それって、ダメだと思う訳です。


ま、怒りはさておき、無目的はたしかにな・・・。


1日を、きちんと生きるってことが、まだまだできてない。


わたしの残り3か月の課題とします・・・。
by carmdays | 2012-09-28 20:02 | 日記

1年後を見据えて

1年後。

つまり、2013年夏。


わたしは、また変化の渦に巻き込まれることが、すでに確定している。


その変化が、小さいのか。 大きいのか。


現時点では予測がつかない。


たとえば、今言われている、はっきりとしない不確かな未来の変化の1つは、

わたしの仕事部屋がどうなるのかってこと。


わたしがそこから出されて、また以前と同じく、流浪の民よろしく、

職場の隅っこに追いやられて、落ち着かない環境で働かなくてはいけなくなるのか。


そこが、問題だ。


幸い、上司二人は、わたしを大事にしてくれているので、そうそう、今の部屋から出すということは

しないが、

問題は、経営者だ。


経営者が、いまいるわたしの仕事部屋を、完全に、わたしの上司の個室として使わせたい考えなんだ。


困ったことに、そこを出されたとして、わたしの席を作る場所が、

この狭い職場には、ないということ。


代わりに、上司の座るデスクなら、お偉方が居座るフロアにいくつも余ってる。


だから、筋とすれば、わたしがこの部屋にこのまま居座り、

わたしの上司が、お偉方が集まるフロアの空いてる席で、仕事すればいい訳だ。


いまから、そうなるべく、算段をめぐらしている。


一番手っ取り早いのは、上司にそうしてもらえないか、お願いしてみること。


すでに、上司は、わたしの気持ちをわかっていて、

僕はこの部屋を使わないから、と言ってくれた。


だから、後は、同じ言葉を、経営者に言ってもらえればいいだけとなる。


まだ1年後の話だが、年明けたら、そのことを、一度、きちんと上司と話しとく必要があるな。


来る1年後の激変を、少しでも小さいものにするために、

今から打てる手は打っておかなくてはならない。


気が引き締まる未来だな。


うかうかとしてられない。


今のこの平和が、今だけのものなのか。


はたまた、永続できるものなのか。


その運命の分かれ道は、わたしが、いまの仕事部屋にいられ続けるかどうかに、かかっている。


気合い!入れて、望みます。
by carmdays | 2012-09-28 14:53 | 日記

あと半年の関わり

うちの職場に、出向で来ている人がいる。


とても良い人で、面白い。


来た当初、その人が慣れないで、ちょっと嫌な思いをしていることを、ぴぴっと!感ずいたのも、

それが、わたしととても似ているからだった。


どうです? 大丈夫です?


声をかけたら、全然だめですって、言ってきた。


やっぱりなぁ。


以来、部署が違うのでめったにはあわないが、すれ違えば話すようになった。


だが、その人も、出向期間が1年間と決められているので、

あと半年したら、また元の職場に戻って、この職場からいなくなるのだ。


昼、空を見上げるつもりで顔をそらせたら、高々とそびえる木々の葉が目に飛び込んできた。


あぁ。 なつかしい景色。


今年の5月、新緑がきれいな季節に、同じようにして、この木々の葉をながめたんだっけ。


その頃、その人と会話するようになったのだった。


この景色を、また来年の新緑の季節がめぐる5月に見上げる時には、

もう、その人はここから居ないんだな。


そう思うと、残りともに働ける時間の限られていることに思いがいった。


後半年。 年があけて、2月にもなれば、異動辞令がおりて、ご挨拶だの、送別会だの、

やることになるんだろう。


せっかく出会えた一期一会の、有効期限が、たった1年とは。


短いものだな。


今いるのが当たり前。


そう思っている人の、去る時期が見えることほど、時間の限られていることを感じることはない。


今の当り前は、いつしか、当たり前じゃなくなる。


未来のどこかで、今日という日を振り返った時、たまらない懐かしさで思い出す郷愁は、

胸を締め付ける。


生きていることは分かっているが、もう、永遠に会うことなく人生を終える寂しさ、ともいえる。


そんな寂しさ、一瞬のきらめきのはかなさが、一期一会にはある。
by carmdays | 2012-09-27 14:27 | 日記

エッセイコンクール

えっと。


日記に書いたか記憶にないんだけど、こないだ、エッセイコンクールに応募しちゃいました。


複数作品の応募はだめって書いてあるのに気付かなくて、4つも作品送っちゃった(笑)


動物保護と、エッセイを書くこと。


これが、わたしのライフワーク。


本業しながら、ライフワークも大事にできる。


そんな暮らしと人生を、今から作っていきたいのです。


大賞に選ばれると、賞金がちろっと出て、出版もしてくれるんだって。


いいなぁ。  せめて、入選しないかな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


期待したいが、ま、こればかりはね。


エッセイストとしてやっていくことができたら、素敵だな。


暮らしの中での気づき、見たこと、感じたこと、経験、思ったこと。


そんなことを、つづれるエッセイストになりたいな。


でも、本業は大好きな仕事だから、もちろんやめるつもりはなくて。


だから、本業をしながら、夜家に帰って、エッセイを書きためるっていう暮らしができたらいいな。


そんでもって、猫と犬の動物保護もする訳。


だから、いろいろと、まだまだ、試行錯誤。


こう暮らしてみたいっていう暮らしを、まだ、作り始めたばっかりだからね。


焦らない。 焦らない。


1個1個です。
by carmdays | 2012-09-27 13:47 | 日記

花と自然と鳥と大空

上司のお使いで、えっちらバスに揺られて、駅まで行って、

銀行でお金振り込んできて、領収書もらって、

ついでにお昼休憩を取りながら、ランチを食べて、

また、バスに揺られて、えっちら戻ってきた。


昼間、午前11時の駅前商店街。


いままで、一度も、この駅の商店街を、のんびりと眺めたことがなかったことに気付いた。


途中、新しい建物を作るために、古い建物を取り壊してる建築現場に出た。


街は、胎動している。


思わず、写真をパチリ。


のんびり歩きながら、商店街のお店を見ながら、花、という歌を思い浮かべた。


突然、口ずさみ、突然、聞きたくなった。


ipodを取り出し、花をかけた。


東北の復興支援プロジェクトで作られたこの歌は、とてもあったかい、でも、しんみりとする、

とわの別れ、これからの人への歌。


街は、息をしている。 人も、めぐる。


そんなことを思いながら、駅前商店街を眺めた。


バスに揺られて、景色を見て、家が立ち並ぶ街並みを見つめた。


そこには、人の暮らしがあった。


途中、川沿いの土手に行った。


秋風が気持ちよく吹いていて、草が波のうねりのように揺れていた。


大空には、青い空。


吹いてくる風に乗って、ハトが3羽、わたしの頭上を舞った。


あぁ。 この自然があるから、この景色があるから、わたしは生きていける。


わたしの地元。  わたしの地元。


この景色があるから、生きていけると思ったとき、また東北の人を思い浮かべた。


あの地震で、大切な人を失った人を思う。


あの地震で、家も、なじみの景色も失った人を思う。


でも、きっと、東北の人は、暮らしてきた地元の風景が胸の中にあるから、生きていけるんだと思う。


そう思うと、地方から東京に来ている人は、地元を離れる寂しさとか悲しさとか辛さとか、

体験しているんだなと思った。


中には、田舎を飛び出して東京に来たいという人もいるだろうけど、

地元というのは、やはり、格別な思いの場所じゃないだろうか。


花と自然と鳥と大空。


これがあるから、わたしは生きていける。


後、ナニヨリ、猫たちと家族と友達がいるから、生きていける。
by carmdays | 2012-09-27 12:52 | 日記

傷ついた魂たち

世の中の現実、厳しさを見せてやる!


そう言ったバカが、失礼、やからがいた。 昔の話。


とにかく攻撃する。 執拗に。  


それが、世の中の厳しさ、現実を見せ付けることだと思いこんでる人物だった。


わたしのかつての、パワハラ上司だ。


アメリカに住んだこともなければ、アメリカの会社で働いたこともないくせに、

口癖は、

アメリカならお前はクビだ!


あのー。 わたし、アメリカに住んでましたし、親戚アメリカ人だし、アメリカの会社で働いてきたんですが。


そういう人間だった。


いま思う。


その人は、よっぽど、過去の人生で深く深く、傷つけられてきた経験を持っているのだろう。


そして、弱い。

ひどく、弱い。


深く深く傷ついた魂を、いまだに癒せていないのだ。


だから、同じ目にあわせて、その辛さをお前にも味あわせてやる!


きっと、それが本性で、本音だったんだろう。


前にやった占いに、こう書いてあった。


あなたはとても慈悲深く優しい。

だからこそ、傷ついた魂たちに気をつけなさい。

彼らは、あなたを攻撃します。


当たっていた。


その占いには、さらにこう書いてあった。


ではどうすればいいかというと、人を見て助ける人を選ぶのです。

もしくは、大人対大人の関係を作れる相手しか、助けてはいけません。


まさに、どんぴしゃ、的を得たアドバイスに唸った。


だから、今でも肝に銘じて、そのアドバイスを心にとめている。


わたしは、傷ついた魂を持つ人間には、一切近寄らない。

傷ついた魂を持った人間が、なれなれしく近づいてきても、ぴしゃりと遮断して居る。


なぜなら、傷ついた魂たちは、文句をたらたらいうだけか、

すり寄って依存して利用しようとするか、

わたしを一方的に攻撃するからだ。


そう言う人間を、いち早く、一発で見抜けるようになったのも、

これまでの人生で、そんな傷ついた魂たちに、さんざん嫌な思いをさせられてきたからこその、

審美眼だ。


わたしは、傷ついた魂たちを助けない。


そもそも、心の傷は、誰かに癒してもらう物じゃない。


自分で学び、気づき、自らの手で癒していくものだ。 時間の経過とともにね。


君子、危うきに近寄らず。


この言葉の本意は、実は、傷ついた魂たちに近寄るな、ということだったのかもしれないですね。
by carmdays | 2012-09-25 20:39 | 日記

愚痴った

さっきの、いやなクズ男からの、売られたケンカ。


同僚に、さっそくぶちまけた。


なに?! あのクズ男!! って。


すっきり。


あいつが私を敵視するなら、わたしも、今日のこの時点から、毛嫌いしてやる。


そう決めたから。  と、宣戦布告。  あ。 同僚に。


職場で、いやな人間にいやなことされて、おとなしくしてたら、餌食になる。


経験談から、痛いほど、その悔しさを知っているから、

もう遠慮はしないの。


クズ男は、たたいてよいのです。  だって、最低な人間だから!!
by carmdays | 2012-09-25 11:38 | 日記

いやな男

うちの職場に、わたしを嫌ってる、嫌な男がいる。


そのいやな男に嫌われてけっこう、ご結構な理由は、その人物がクズ男だから。


頭悪いのに、偉そうにふんぞりかえってて、性格は悪いし、怠け者だし。


その人物をまったく知らないが、結婚できてないはずだし、彼女もいないね。 間違いない。


いま、日本じゃ、自分磨きに余念がない女性が多い。


外見を磨き、人間性も磨き、料理の腕前だって磨き、勉強に精を出し、仕事も。


で、肝心の日本男児はどうかと言えば、いまだにふんぞり返ってる亭主関白が夢だというアホが

何気に多い気がする。


これ、日本人女性が結婚したくないのは、そんな男と結婚したくないからなんじゃないかって、

最近すなおに思う。


まったく。 本当に立派だなぁと思う男を、ほとんど見たことがない。


まったく。 この女性立派だなぁと思う人は、多いというのにだ!
by carmdays | 2012-09-25 11:25 | 日記

仏教の本

秋晴れの空に、思ったもう1つのこと。


今。 現在。 過去。 未来。


過去15年間、あれは、いったい、なんだったのか。


なんだったんだろう。


筆舌に尽くしがたい絶望の時代、15年。


なんで、あんなひどく痛めつけられる思いを抱いて、15年間も過ごさなくてはならなかったのか。


普段、思い出さない、そんな過去が、苦悩が思い出される。


わたしのかつての旧友たちは、みな、いまや大出世だ。


一人は、国際公務員。 国連の機関で働いている。

一人は、大学の先生となった。

一人は、投資銀行のマネージングディレクター。


思うのだ。


もし、わたしに、あんなひどい受難の15年がなければ、わたしも、そうなっていたのだろうか。


東京の片隅の、ひなびた平和な風景に、そんな過去を思い出す。


失った時間。  失った、わたしの人生。


もちろん、取り返すことはできない。


その喪失の、空白の15年を、いま、わたしは静かに見つめている。


一時期は、呪われているのかと思った。


誰かが、わたしを恨んでいて、呪っているのだと。


ある時は、真剣に、まじめに、人生に疫病神が取りついているんだと思った。


またある時は、わたしの人生に、悪魔が舞い降りたとまじめに思った。


それほど、筆舌に尽くしがたい、苦しみと、受難と、不幸の15年間だった。


なぜ、あれほどもがかなくてはいけなかったのか。 なぜ、あれほど、苦しまなくてはいけなかったのか。


すべてを失った。 すべてが、破壊された。


あれから、15年。


この空虚な年月が、あまりに長すぎて、いまでも、どうとらえていいのか、わからないことがある。


いま、わたしは、平和に暮らしている。


東京の片隅で、ひなびた風景に心癒され、静かに余生を暮している。


ある時は、あまりに何もないので、平和とは、つまりは、無なのか? と、そう思ったくらいだ。


どんどんと、閉じていく小さい世界の中で、私は生きていると、思うようになっていた。


でも、今日、職場の売店で手にとった仏教の本を読んで、それは、はっきりと違うのだと

気づくことができた。


平和なら平和なりに、自分のためにすべきことがある。


今に、平和に、感謝し続けるということだ。


そして、今ある暮らしを、心の奥底から、大事にするということだ。


それ以外は、何もいらないというほど、大事なことだ。


確かに、わたしの旧友たちは、みなエリート社会人として、世界にはばたき、大出世している。

豊かな暮らしも、名誉も、地位も、お金も手にしている。


でも、それが、わたしの求めだろうか、と問えば、それは違った。


人それぞれに、生きる人生が違う。


わたしは、受難の15年という人生の喪失があったものの、確かに今を生き、

そして、自分の人生を、ちゃんと生きている。


仏教の本は、そのことを、正しいと、そう言ってくれていた。


心が安らかになった。


わたしは、何者でもない。


旧友たちは、ひとかどの人物となり、何者かではある。


その違いは、現世での成功と敗北の両者を意味しているかもしれない。


だが、わたしは、世の中に負けて初めて幸せを手にできていることの不思議を思う。


いま、わたしがすべきこと、そして、何より、必要であることは、

きちんと、丁寧に、今を生き、

暮らしを大事とし、

平和を大事とし、

よき上司、家族、友を、猫たちを大事とすること。


これで、充分なのだと、そう、仏教の本が、言っていた。
by carmdays | 2012-09-24 13:11 | 日記

秋晴れと仏教の本

きれいな澄み切った秋晴れの空。


昼休み、外に出れば、そんな空が頭上に広がっていました。


いま、仏教の本を読んでいます。


だからでしょうか。


すべてが流転していく姿を、晴れ渡った青空に見出だしていました。


わたしは、内面がどんどん進化し、変わっている。


でも、根本は何も変わっていない。


でも、わたしを取り巻く人間関係、状況は、ずいぶんと流転し、様変わりしてきた。


いま一緒にいる人も、きっと、5年後にはいなくなっている人がかなりいるのだろう。


いまの職場に永久就職すると決意しているわたしと、わたしの上司を除いては。


すべてが流転していく。


すべてが変わっていく。


思うのだ。


すべてが変わっていってしまう世の中で、何も変わらないでいるということも、

また1つの大きな力だと。


それは、お寺の五重塔が、なんら変わらないたたずまいでそびえ続けているように。


それは、変わりゆく人々には、1つのランドマークになっていくのではないか。


わたしは、そういう人であり続けたい。


秋晴れの空に思うことは、つまりは、そういうことだった。


平和を願い、静かな安穏の余生を願い。


何も変わらない。 なにものとも出会わない。


でも、確かに、わたしはここにいる。


そんな穏やかな余生が送れたら、最高に幸せなことだと思う。
by carmdays | 2012-09-24 12:54 | 日記